新製品を市場に投入し、量産が始まった後に発覚するトラブルや仕様の不備。これほど組織を疲弊させ、利益を食いつぶすものはありません。特に設備系やハードウェアの世界では、納品後の修正は「大変なこと」では済まされない損失を招きます。
なぜ、多くの知恵が投入されたはずの企画段階で、これら「目に見える失敗」を見抜くことができないのでしょうか。
空想の議論が招く「仕様変更」の悲劇
企画の段階で失敗を見抜けない最大の理由は、議論が「空想」に終始している点にあります。 設計図やスペックシートの上では完璧に見えても、実物が存在しない段階では、現場の過酷な使用環境を想像力だけでカバーするには限界があります。開発現場から聞こえてくる「動かしてみないとわからない」という言葉。これは一見正論に聞こえますが、ここには「実物ができるまで責任は持てない」という、思考の放棄が隠れていないでしょうか。
企画担当者やその責任者が、量産後のトラブル対応に追われる現状に「疲れ」を感じているのであれば、まず疑うべきはテストの精度ではなく、企画段階での「問いの解像度」です。
責任者が止めるべき「市場投入」という名の賭け
若手の企画担当者が描いた理想を、そのまま量産ラインに乗せてしまうことは、一種の「賭け」に他なりません。 量産され、市場に投入された後に「カスタマーに慣れてくれ(運用でカバーしてくれ)」と強いるのは、あまりに無責任な態度と言わざるを得ません。
真に優れた責任者に求められるのは、企画の段階で「不都合な真実」を見抜き、必要であればプロジェクトを止める勇気です。試作設計の段階でどれだけネガティブな要素を網羅し、潰し込めるか。この「止める技術」こそが、企業のブランドと現場の平穏を守る最後の砦となります。
思考の設計:チェックシートに頼らない「予見力」
形式的なチェックシートを埋めるだけでは、本質的な失敗は見抜けません。必要なのは、製品が市場へ解き放たれた後の「最悪のシナリオ」を、生々しい手触りをもって予見する思考の設計です。
- 実物が手元にない段階で、誰が、どのような状況で、どれほどのストレスを感じながらその製品を扱うかを具体的に描き出せているか
- 企画の責任者は、現場からの「わからなかった」という言い訳を、論理的に論破できるだけの裏付けを持っているか
- 成功の予感に酔うチームの中で、あえて冷徹に「失敗の芽」を指摘する役割が機能しているか
企画の段階で失敗を予見し、未然に防ぐことは可能です。しかしそれは、綺麗な資料を作ることではなく、泥臭い現場のリアルを企画室に持ち込み、徹底的に「問い」を突き立てる作業によってのみ成し遂げられます。
